全体像は見えてる? 冷静な判断ができてる? 長期的な目標や計画を意識してる? 自分に問いかけてみると、少し落ち着いて物事を考えられます。
ということを表している例文ですね。
木を見て森を見ずというように、常に全体的な視野を持って仕事に励んでいる。
そのような状況をたとえたことわざが「鷲は蠅を捉えず」です。
利益優先の職場で働いていると、いつしか目の前の利益や成績ばかりに心をとらわれて、仕事とは何なのか・会社とはどうあるべきか、全体像を見失ってしまうことがあります。
たとえば……• 岡田基良 PS. そして森全体が枯れると、 伸びようとした1本の木も 枯れてしまいます。
「木を見て森を見ていない」と言われたら状況を俯瞰してみよう 上司に「君は木を見て森を見ていない」と言われたとしたら、小さなことにこだわりすぎて、全体が見えなくなっていたり、一つ一つのデータのみに着目し、全体の分析ができていなかったりするかもしれません。
このフレーズには、小さいことに集中してコツコツと頑張っていると、全体の進行状況や全体とのバランスを見失うことにつながり、大きな視点で見た時に失敗となってしまうといった意味合いがあります。
言い方を替えると、「目先の利益のことばかり夢中で考えて、周りの状況もお構いなしでムチャクチャやってる状況」ということになります。
鹿を逐う者は兎を顧みずは、大切なことに注力するという反対の意味があることから木を見て森を見ずの対義語となります。
しかし就活が終わった後も人生は長く続きます。
洋服が好きな人の中にはデザイン性が命という人は少なくありません。
近視眼的になっちゃってる、という意味ですね。
若い頃は、とにかく目立ちたいと考える人は少なくありません。
かんべんしてよ。
「木のために森が見えない」• 「木」をローカルの実践者、「森」をそれらを支援する自治体だとします。
すぐ変わりそうだし。
ですから、 「教育」が非常に大切なんです。
その事象に潜む関係性の網の目をみることができているか、ってことなんじゃないのかと、そう思ったわけです。
目の前のに気を取られていると、木を見て森を見ず…になってしまうだろう 西洋のことわざから飛来した、木を見て森を見ず。
書籍「木を見る西洋人 森を見る東洋人」 原題「The Geography of Thought: How Asians and Westerners Think Differently — and Why」というアメリカで発売された書籍があります。