個人的には 準備万端にしましたが まずは 上陸回避に感謝. ことわりかな、破門の折から 所行無慚 ( しよぎやうむざん )の少年と思ひこんで居つたに由つて、何として夜毎に、独り「えけれしや」へ参る程の、信心ものぢやとは知られうぞ。
これも「でうす」千万無量の御計らひの一つ故、よしない儀とは申しながら、「ろおれんぞ」が身にとつては、いみじくも亦哀れな事でござつた。
見られい。
されば伴天連はじめ、多くの「いるまん」衆(法兄弟)も、よも怪しいものではござるまいとおぼされて、ねんごろに扶持して置かれたが、その信心の堅固なは、幼いにも似ず「すぺりおれす」(長老衆)が舌を捲くばかりであつたれば、一同も「ろおれんぞ」は天童の生れがはりであらうずなど申し、いづくの生れ、たれの子とも知れぬものを、 無下 ( むげ )にめでいつくしんで居つたげでござる。
下巻も扉に「五月中旬鏤刻也」の句あるを除いては、全く上巻と異同なし。
己が身の罪を恥ぢて、このあたりへは影も見せなんだ『ろおれんぞ』が、今こそ一人子の命を救はうとて、火の中へはいつたぞよ」と、誰ともなく罵りかはしたのでござる。
「ろおれんぞ」は剛力に打たれたに由つて、思はずそこへ倒れたが、やがて起きあがると、涙ぐんだ眼で、空を仰ぎながら、「御主も許させ給へ。
その中でも哀れをとどめたは、兄弟のやうにして居つた「しめおん」の身の上ぢや。
その他各巻の巻首に著者不明の序文及 羅甸 ( ラテン )字を加へたる目次あり。
「しめおん」。
さる程に、こなたはあの傘張の娘ぢや。
されば兄弟同様にして居つた「しめおん」の気がかりは、又人一倍ぢや。
燃え崩れる梁に打たれながら、「ろおれんぞ」が必死の力をしぼつて、こなたへ投げた幼子は、折よく娘の足もとへ、怪我もなくまろび落ちたのでござる。
序文は文章 雅馴 ( がじゆん )ならずして、 間々 ( まま )欧文を直訳せる如き語法を交へ、一見その伴天連たる西人の手になりしやを疑はしむ。
見られい。
由つて伴天連にも、すて置かれず 思 ( おぼ )されたのでござらう。
清らかに痩せ細つた顔は、火の光に赤うかがやいて、風に乱れる黒髪も、肩に余るげに思はれたが、哀れにも美しい 眉目 ( みめ )のかたちは、一目見てそれと知られた。
年代の左右には 喇叭 ( らつぱ )を吹ける天使の画像あり。
翁は元よりさもあらうずなれど、ここに 稀有 ( けう )なは「いるまん」の「しめおん」ぢや。
娘も亦、人に 遮 ( さへぎ )られずば、火の中へも 馳 ( は )せ入つて、助け出さう 気色 ( けしき )に見えた。
詮ない事とあきらめられい」と申す。
ましてその前身は、「ぜんちよ」の 輩 ( ともがら )にはゑとりのやうにさげしまるる、天主の御教を奉ずるものぢや。
唯、日頃と変らぬのは、遙に天上を仰いで居る、星のやうな瞳の色ばかりぢや。
その空には火の粉が雨のやうに降りかかる。