発端は「女性がたくさん入っている理事会の会議は時間がかかります」という・大会組織委員会の前会長(83)の発言です。
ハラスメントは自身の持つ権力への無自覚から起こる 森氏は記者から「会長としての発言ではないので、責任が問われないという趣旨の発言をしていた」と指摘され、「責任を問われないとは言っていませんよ。
ある企業の集団討論に参加した際、その中の1人に「女性だから字がきれい」という理由で書記役を頼んだことがありました。
初めて参加したという30代の女性は、「ツイッターでいろいろな議論を見ていて参加した。
頑張って下さい。
でも、日本がに入った1960年代中ごろから、その言葉をぱたりと耳にしなくなった。
【参考リンク】• のに言わせてみれば、「わきまえない男」というのは、 をにする男のことを指すと思う。
しかし、女性たちのみならず、多くの男性もが、氏の「わきまえる」という発言に違和感を表明したのは、そのような忖度はもううんざり、という思いがあるからではないでしょうか。
会長辞任に値しますし、各国から抗議の声が広がるのではないでしょうか。
一度同じ仕事をしたのですが、私が1枚図面を仕上げる間に10枚終わっていました。
私も病院で働いていたときは、医師の機嫌をとったこともあります。
ある程度の地位に就くと、男性はもう「叱られる」という機会がなくなります。
森氏の口から出た 「女性がたくさん入っている理事会の会議は時間がかかります」とはなにごとでしょうか。
性別の枠を超え、一人の看護師として、知識や技術を最大限発揮していきたいと思います。
同じ女性でも、立場の違いによって意見も異なります。
森氏は、会議が(彼が想定したよりも)長くならないよう、意見を言わないこと、あるいは短く切り上げることが「わきまえる」ことだと言っているのでしょう。
実は同性の集団でも若い参加者が発言すると、年長のボスが「あの人は、わきまえていない」という目で見ることはあります。
その場で笑い声も上がったという。
日本国民全員が身の丈に合わない欲望を抱き、分際を越えて活動していた時代には、むしろ「わきまえないこと」の方が美徳だったからです。
雨の中に国際女性デーを象徴するミモザの花が映えて見えた。
大阪大大学院国際研究科博士課程修了。
バイト達もこの人に聞くようになりました。
一人一人が自分のを抱え込み、他人の分配について多い少ないとうるさく言い立てるようになって、また「身の程を知れ」がよみがえってきた。
「わきまえる」という言葉が再び力を持ったのは、が崩壊して日本が衰退に向かい始めてからです。