(1971年、アルバム『仲雅美とあなた』収録)• :ベース• 出来上がった新しい歌詞は、別れを決意した男女が2人で表札の名前を消し、それぞれ新しい道に進むという、これまでの歌謡曲になかった価値観の詞でした。
くどくど言葉で説明はできないけれど、独りでもやって行けるんだと決めればおのずと見えてくる物がある。
それでも、やがて再会して許し合える時がきたら、落ち着いた場所でドアを閉めるでしょう。
これはたぶん男の思考パターンとしては一番多いパターンではないでしょうか。
尾崎さんはこの曲でトップシンガーの仲間入りを果たし、作詞の阿久悠さん、作曲の筒美京平さんにとっても、ヒットメーカーとしての地位を確立する代表作になりました。
二人でドアを閉めて二人で名前消して~とは、最期の行動は、一緒にしよう、ということです。
この歌詞は「別れを決意したときの心境」を歌っているのであって、 別れそのものを歌っているのではないと思うからです。
ところが……デビュー直後、尾崎さんはタクシー乗車中に、衝突事故に巻き込まれて入院。
なぜ話したくないか。
(2014年、アルバム『Amor Jazz2 〜Show-WA〜』収録)• ワンダースのメンバーの1人がディレクターに転向して、尾崎さんをバックアップ。
再び世に出す機会を窺っていた、ちょうどそのころ……村上さんがプロデュースを手掛けていた歌手が、尾崎紀世彦さんでした。
これは、男と女の別れの歌なのですが、最期に、 「あの三叉路で軽く手を振り私たち歩いていくんですね~」 と閉めています。
系列『』最終回(2005年3月23日放送)のトリ歌手として歌唱。
尾崎紀世彦の長いもみあげとバタ臭い風貌が話題になりましたが、これは父がイギリス人と日本人のハーフ、母が日本人というクォーターのため。
ワンダースのメンバーの1人がディレクターに転向して、尾崎さんをバックアップ。
しかし、当人たちはそれをやってしまいがちです。
曲を聴きながら、ドラムのパートを、なるべく忠実にコピーしようとがんばって見ました。
鈴木タカオ(2016年、アルバム『COVER ALBUM「うたごころII」〜愛と哀しみのアリア〜』収録)• しかし、そこがこの歌詞の斬新さです。
短い歌詞の中で別離と再会を対比させています。
『』(監督:、映画)劇中歌:• 『』、イメージソング• 尾崎がレコーディングに用いたオリジナル・カラオケ(尾崎を含むザ・ワンダースによるコーラスを省いたもの)を使用している。
当初渋っていた阿久も度重なる依頼にを承諾し 、尾崎のために改めて「別れ」をテーマにした歌詞に書き換え、タイトルも「また逢う日まで」としてにリリースされた。
尾崎紀世彦『また逢う日まで』 1971年、尾崎紀世彦さんが歌って大ヒット、この年のレコード大賞を受賞した『また逢う日まで』。
(、アルバム『一頭象 どんとスーパーベスト』収録)• この歌詞は「別れを決意したときの心境」を歌っているのであって、 別れそのものを歌っているのではないと思うからです。
まずが3曲書き下ろし、その中の1曲にが歌詞を付け、が歌い完成。